【コラム第二回】武豊(前編)

2013年凱旋門賞
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こんにちは、佐藤幸一です!

第二回の今回は、キズナの鞍上でもあり、日本の競馬を語る上で欠かすことのできない武豊について書いてみたいと思います。

長くなりそうなので、前編・後編の2回に分けて書いていきまーす。

武豊は、1987年でデビューして今年が26年目の44歳。

実は僕は武豊と同じ学年です。(笑)

年間最多勝利数 212勝

1日最多勝利数   8勝

通算勝利数  3559勝

通算G1勝利数  67勝

これは武豊が保持している最多勝記録の一部ですが、これだけ見ても凄まじいものがありますね。

僕が初めて競馬場へ行ったのはサクラチヨノオーが勝ったダービーです。

その時、武豊は既にデビューして2年目、そのダービーにも騎乗していました。

それから既に20年以上、僕は趣味として、仕事としてずっと競馬に携わってきました。

大学時代、バイト先の狭い寮の一室でバイト仲間たちと小さいブラウン管のTVで見た1990年の有馬記念。オグリキャップが勝ち、オグリの大合唱がコールされる中、鞍上は武豊でした。

天皇賞秋、JCと増沢を背に全く良い所のなかったオグリキャップを見事復活させ有終の美を飾らせました。

社会人になり、netkeibaで仕事をしている時、ディープインパクトが走った2005年のダービー当日、僕はキャンペーンの仕事で府中競馬場いました。

ディープインパクトが走る度にサイトの会員数が驚くほど増えていた時代です。

このまま勝ち続けてくれぇ!と祈るような気持ちでスタンドからレースを見ていました。

道中は、後方を他の馬に包まれるように内を走っていたのに、いつの間にかするすると絶好の位置に付け、直線では馬場のど真ん中を駆け上がってきました。

単勝1.1倍、10万人を超える観衆のほとんどの人がディープインパクトに勝って欲しいと願っていたでしょう。そのたくさんの期待にいとも簡単に応えるなんて何て凄い馬なんだ!と感動し涙がこぼれたのを覚えています。

その時のディープインパクトの鞍上も武豊でした。

サイレンススズカ、メジロマックイーン、クロフネ、あげればキリがないですが、

僕の心に強く残っている馬たちの鞍上にはいつも武豊がいました。

そしてこれは僕に限ったことではなく、他の競馬ファンも同じだと思っています。

記録と記憶に残る競馬界のスーパースターです。

しかし、その武豊に大きな勝ち鞍数の変化が訪れます。

きっかけは、2010年毎日杯のザタイキからの落馬事故です。

この落馬で重傷を負った武豊は4か月間休養。

見事復活はしましたが、これ以来勝ち鞍数は下がり続けました。

2009年140勝

2010年 69勝

2011年 69勝

2012年 64勝

いままで勝率2割以上、連対率3割以上が当たり前だったものが、昨年は勝率が1割、連対率が2割をそれぞれ切っています。

勝ち鞍数も過去最低の56勝。

大口馬主との確執や社台グループの馬に騎乗させてもらえないなど、勝ち鞍が減った理由はいくつかありますが、

真の原因は、他にあると思っていました。


筆者:佐藤 幸一

筆者紹介

JRA日本中央競馬会の馬券投票システム等の構築に携わった後、競馬ポータルサイトnetkeiba.comでプロデューサー業を務める。

現在は競馬オープンコンテンツKOCのプロデューサー。

競馬ファン歴は20年以上で最初の競馬場観戦はサクラチヨノオーが勝った日本ダービー。

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